15-復興関連記事一覧



青森県豪雨災害 2022.8.12 (弘前市/西目屋村)

2022年8月15日 月曜日

豪雨のピークから 2日ほど経って、雨も上がり、広域の避難指示も解除されたため、弘前市と西目屋村に行ってきました。

20220812岩木川1 20220812岩木川2

青森県の西部を広域に流れる 1級河川の岩木川は、ピークは過ぎたといっても、これまで見たことがないくらい泥水の激流、、、緩衝地帯も全部水に浸かっていて、大河となっていました(→右の写真は緩衝地帯ですが、川と化しています)。

豪雨のピーク時には氾濫危険水位を超え、岩木川沿い 9地区の 約2万4千世帯(約5万2千人)に避難情報最高の警戒レベル5 「緊急安全確保」 が発令されたくらい危機的な状況でしたが、、、被害は出たものの、最悪の事態にはならずに済んだという状況でした。

豪雨がなければ、鰺ヶ沢や深浦まで行く予定でしたが、雨が上がったといってもさすがに無理、、、こちらは甚大な被害が出てしまった地域ですので、国や県の支援の下、早期の復旧・復興を願っております。


現在の双葉町 (2022.4.15)

2022年4月16日 土曜日

東北復興関連の仕事で、福島県の双葉町に行ってきました。 こちらは、2011年3月11日の東日本大震災に伴う原発事故により、全町避難となっている地域です。

20220415双葉町1 20220415双葉町2 20220415双葉町3

20220415双葉町4 20220415双葉町5 20220415双葉町6

新駅ができ、常磐線も再開し、町内歩けるくらいに町の復旧が進んでいます。 そして、2022年1月に帰還準備のための長期宿泊が始まり、6月の帰還開始を目指して準備を進めているところです。

・・・とはいうものの、帰還しても買物や病院はどうするの? 仕事は? 学校は? などなど、まだまだ不確定なことが多いため、帰還したいと思っている人も手探りの状況。 全てが 「せーの!」 とはいかないため、手探りの中で 徐々に帰還していくことになるのかなと思っています。

加えて、これだけ長い時間が経つと、本当に戻る人がどれだけいるのか。。。 公表されているアンケート調査結果を見れば、非常に厳しい状況は否めず、、、諸々動き出して、新たな動きが出てきて、その結果を見て また動きが出てくるのかな・・・と、正直、全く先が見通せない中で、それでも信じて進んでいくしかないのかなと思っています。


自然災害は、まだまだ分からないことが多い・・・

2022年1月16日 日曜日

昨日、日本時間の午後1時10分頃、トンガ近くの火山で大規模噴火が発生とのこと。

・・・当初は 大きく報道されていなかったので、私は 夕方のニュースで知ったのですが、その時は 津波の発生はないとされていましたが、、、

今朝 5時30分過ぎに起きてテレビを付けてビックリ・・・どこもかしこも 「津波にげて」 の赤い表示と、繰り返し呼び掛けをしているではないですか!

ネット記事を見てもよく分からず、6時過ぎのニュース番組で分かったのが、潮位上昇により注意報・警報を出したが、そもそも津波と定義してよいものか分からない・・・といったメカニズムが解明されていない現象とのこと。

津波注意報はまだしも津波警報の地域では、、、特に、2011年の津波を経験した地域の方々は、気が気ではなかったことでしょう。

高知で船が複数転覆したとの報もありましたが、被害が拡大しないことを祈るとともに、、、当分、警報の解除はできないとのことで、電車が運休していたり、警報・避難等で寝不足だったり、、、共通テスト受験生への影響も心配されます。


復興への大きな一歩・・・

2021年9月23日 木曜日

2011年の東日本大震災。 多くの人が忘れていて、話題になると 「あー!」 と思い出すような感じかなとも思いますが、、、そうなること自体悪いことではないし、これだけ各地で災害が多発すれば、地域にご縁がない限りそうなると思っています。

個人的に根に持っているのは、やはり 東京オリンピック・パラリンピックの招致決定。 当時、度々現地に行っていたため、招致決定以降、資材が高騰し 職人は関東にとられ、ハード面の復旧・復興が進められなくなった、余計な借金を背負わされることになった方々を大勢見てきました。

それでも、オリパラ施設の工事が終わる段階から、ようやくハード面の復旧・復興も進み、被災地の各地で着々と新しい施設が完成してきています。

私の中で、こうなれば復興してきたといえるだろうという基準は、このハード面の復旧・復興とともに、福島県産の農産物・水産物の輸入規制撤廃。

9月22日に、米国で規制を完全撤廃したとの報は、復旧・復興に向けた大きな一歩。 まだ 14の国と地域では規制はありますが、大国が完全撤廃したのは とても喜ばしいニュースです!


東日本大震災から 10年経って思うこと・・・

2021年3月16日 火曜日

どうしたものかと思っている内に数日が経ってしまいました。。。

ブログの過去記事(復興関連過去記事 →クリックで移動します) を振り返ってみると、私が被災地に入ったのは 2013年 3月。 荒廃した建物がそこここにあったり、道も暫定的なもので夜は真っ暗な状況だったりもしましたが、それでも随分と人が入っていける状態になっていました。

数年に渡って 被災された方に沢山のお話を聴きながら、多少なりとも復興の一助になる仕事をしてきましたが、、、時の経過と共に、復興というよりは 被災事業者の再建のための支援に変わってきました。 ・・・特にこの 2年は、ほとんどが、被災事業者のためにはなっても、被災地の復興には結びつかない支援でした。

やはり思うのは、ここに至るまであまりにも時間が掛かり過ぎたということ。

3年、5年ならまだしも、7年、8年も経てば、別の地での暮らしが板につくと共に、その年の分だけ歳も取るのですから、、、今から事業を再開しよう、今から元の場所に戻って商売しようという人は、どうしても少なくなっていきます。 ・・・なので、私の支援のほとんどはこうした方々への支援、、、つまり、本質的には復興支援とはいえないのかなと思っています。

また、すぐに被災地で事業を再開した方も、復興バブルに翻弄されたり、大型店の進出によって立ち行かなくなったり、思うような住民の帰還がないため商売が成り立たなくなったり、、、現地で事業を継続するのが難しい、手の打ちようがないといった状況も垣間見ることがあります。

東日本大震災から 10年経って思うことは、、、復興って何? ということ。 もっといえば、どうすれば復興したと言えるの? ・・・言わんとすることは分かるけど、それって実現できるの? ということ。 ・・・復興支援の一端を担っていながら、だからこそ分からなくなっている、、、それが、3.11のブログ更新をためらっていた理由ですね。

今の結論としては、あまり難しいことは考えずに、目の前の方々が、これからも生きていけるための支援を続けていきたいと思っています。


ようやく役割を終えた仮設住宅・・・

2020年12月19日 土曜日

河北新報の記事で、東日本大震災で建設された岩手県内の仮設住宅が、来年度上半期に全て撤去される見通しとの記事を見ました。

その名の通り 「仮設」 だったはずですが、丸 10年を目前にまだ撤去できていない状況を考えれば、やはり 復旧・復興が十分に・迅速に進んでいなかったと言わざるを得ないでしょう。

大規模災害というだけでなく、東京オリンピック・パラリンピック招致を決めたことの影響も大きく、、、オリパラ関連の建設が始まるやいなや、現地では急激な資材・工賃の高騰や職人不足による工期後ろ倒しが頻発。

その東京オリパラも開催が危ぶまれるような状況で、、、被災地の声を聞いてきた身としては、何とも言えない空しさも感じてしまいます。

それでも、岩手県・宮城県では復旧・復興が進んでいますが、福島県、特に原発の影響を受けている相双地域では、未だに今後の道筋が見えない状況です。

年も明ければ、東日本大震災 10年の報道が数多く出てくると思いますので、、、あれからどのように復旧・復興されているのか・されていないのか、ご覧いただければと思っています。


たまたま? 火消し??

2020年9月26日 土曜日

新首相の初の地方視察は福島県。

「福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本再生なし。これは私の内閣としての基本方針だ」 と話されていました。

先日、基本方針に復興に関する記述がなくなったことを 「たまたま」 と釈明した大臣もいましたが、、、

消費税を引き上げざるを得ないと発言し、反応の大きさから即火消し発言をしましたが、、、新首相は、そうした傾向があるのだなと思ってしまいます。

いずれにしても、迅速に、最後まで、東北の復興に力を入れていただければと切に願います。


あえて消したことに相応の意思がある・・・

2020年9月19日 土曜日

菅内閣が発足し、初閣議で決定した基本方針について、「東日本大震災からの復興」 と 「東京電力福島第1原発事故」 の記載が消えたとの報道がありました。

現復興相は、姿勢に変更はないとすかさず否定しましたが、、、前政権を踏襲するならば そうした記載は残せば良いだけだし、2012年以来掲げていたものを消したことが 相応の意思表示なのだろう・・・と考えてしまいます。

それでも、半年もすれば 丸10年。 本来ならば、「復興した」 といえるまでになっていなければおかしいため、あえて消すというのも分からなくはないですが、、、

「復興した」 とは言えない、特に福島は問題山積の状態にも関わらず 「消した」 ということには、遺憾の意を表したいと思います。


東日本大震災から丸 9年。

2020年3月11日 水曜日

福島県の楢葉町や大熊町の帰還困難区域に入ると、、、

普通に人が住んでいそうなのに誰もいない町、崩落した家がそこここにある廃墟の町、見たこともないくらい雑草が生い茂った町、、、厳重に警備されているバリケードの中に入り 静まり返った町を車で流すと、どのくらい復興が進んでいないのか肌感覚で分かります。

(バリケードの中の写真は非公開とします)

帰還困難区域2019-3 帰還困難区域2019-1 帰還困難区域2019-2

この 1年は、福島で被災された事業者への訪問支援を多くさせていただきましたが、数えてみると延べ 92回の訪問。

被災された中でほんの一握りの事業者にしか会うことはできませんが、少しでも明日の活力になるように、また来年度も支援を続けていこうと思っています。


下の下の対策・・・

2020年1月30日 木曜日

やはりといっていいのか、あちらこちらでそうした店が出てきていると話題になっています、、、中国人お断り。 チャイナアウト。 ・・・理由は、入店させると新型肺炎に感染する可能性があるから。

以前、似たようなことをされているのを知って悲しい気持ちになったのが、、、日本人お断り。 日本の食べ物は輸入禁止。 ・・・理由は、放射能で汚染されているから。(国内でも、福島お断りなんて酷いことを言っている日本人もいましたね)

もしも海外旅行に行って、「日本人は放射能に汚染されている!出て行け!」 と言われたら、、、一生忘れることができない嫌な思い出になると思います。 当然、その国にも、その国の人にも、後々まで嫌な感情を抱くことでしょう。

近年、大挙して押し寄せ、(文化・民度の違いもあり)少なからず嫌な思いをしてきた日本人は多いため、そうすることへの賛同の声も多く挙がっているようですが、、、それを全肯定しているわけではない、そうしたことを嫌な思いで見ている日本人がいることも忘れてはなりません。

自分がされて嫌なことをすれば、巡り巡って相応の報いを受けることになるのは世の習わし、、、本当にそれをやることが良いことなのか、よくよく考えていただいた方が良いのかなと思っています。