昨日の続きです ⇒ https://consult-k.jp/colum/?p=1073

 

新人が入社して1ヶ月。 「礼」 が実践されている会社では、新人は積極的に挨拶をしているはずです。 教えてもらったりフォローしてもらうことの多い新人は、感謝の言葉を口にしているはずです。 飲み会では自ら下座に座り、先輩や上司が箸をつけるまで待っているはずです。

皆様の会社では、新人の行動から 「礼」 を感じるでしょうか? もしも 「礼」 を感じないという方は、2つの思想を思い浮かべていただきたいと思います。

1つ目は、孟子が説いた 「性善説」。 人は生まれながらに 「仁」 を身につけている。 それなのになぜ国が乱れるかというと、下の者は、上の者が 「礼」 を実践していないのを見て、それを見習うからである。 だから、上に立つ者は 「礼」 を身につけて、あらゆる場面で実践しなくてはならないというもの。 つまり、新人の行いに不満があるのならば、まずは自らの行いを省みなければならないということです。

そしてもう1つ、荀子が説いた 「性悪説」。 「性善説」 とは逆に、人は生まれながらに 「仁」 を持ち合わせていない。 だから 「仁」 や 「礼」 を教えて身につけさせなければならない(・・・教えないから国が乱れる)というもの。 つまり、新人の行いに不満があるのならば、きちんと教育しなければならないということです。

かつては、両親・祖父母からの躾や親族・ご近所との関わり、学校での先生による躾(教育)や部活での人間関係など、成長過程で自然と 「礼」 を学ぶ環境にありました。 しかしながら、社会が成熟するに伴い、現代では 「礼」 を学ぶ機会が各段に減っています。 つまり、会社で教えて 「礼」 を身につけさせる必要があるのです。 この時、教える側も、自らの行いを省みることが必要ですね。

ある会社では、内定を出す際に、経営者が抱いている想いを親御さんに伝えて、会社と家族との絆を深めています。 ある会社では、入社式に親御さんを呼び、親子の絆を再認識させています。 ある会社では、初任給が出る日、新人に直筆で親御さん宛の手紙を書かせています。 「孝」 なくして 「仁」 なし、「仁」 なくして 「礼」なし ・・・ 危機感を抱いている会社は、既に原点からの教育を始めています。

もしも皆様の会社の雰囲気や人間関係で 「何かがおかしい」 と感じた時には、社員の中に 「孝」 「仁」 「礼」 があるか、崩れていないか・・・一度考えてみてはいかがでしょうか?