15-復興関連記事一覧



11日を過ぎても・・・

2017年3月16日 木曜日

3月11日前、あるいは当日になると現地の様子を伝えてくれますが、11日を過ぎると報道されなくなる、、、そうしたことが通例かと思いきや、未だに生中継してくれている番組がありました。

その後もきちんと報道してくれるのは嬉しいものです^^

そして、その中に、数年前お会いした飲食店のご主人の姿も見つけました。 仮設商店街を出て、新しい施設で営業を開始しているとのこと、、、その後の元気な姿が見られるのは、何とも嬉しさがこみ上げてきます。

時間を見つけて、久しぶりに現地に行ってみようかなと思いました^^


6年が経ちました・・・

2017年3月11日 土曜日

東日本大震災から 6年が経ちました。 ここ最近の報道の様子をみていると、昨年と比べて一気に内容も薄くなり、報道時間も少なくなりましたね。 5年で一区切りというのか、飽きっぽい国民性というのか、やはり最後まで関心を持ち続けるというのは難しいようです。

実は、この 1年、私自身も復興に携わることはなく、予算の問題なのか方針なのか、残念ながら依頼どころか何の連絡もない状態でしたので、5年も過ぎれば復興という雰囲気でもないのだなと薄々感じていました。

振り返れば、「東京オリンピック・パラリンピック」 の開催決定が復興に水を差したのだろうと個人的には思っています。 国民の関心が一気にオリンピックに移り、その後は建築費の高騰や工期の大幅な遅れ、、、それにより、再建計画が頓挫することも珍しくなく、再建できた人も 当初計画よりも多額の借金を抱えざるを得ないなど、将来に暗い影を落とす一因となっています。

また、震災関連倒産は年々減少して収束しつつあるとの報道もありましたが、例えば、仮設商店街の本設移転は順調に進んでいるとはいえず、仮設で営業させてもらえるから 事業を継続している方も多くいらっしゃいます。 仮設商店街の撤去費用補助が終了するこの先 2年で、仮設商店街のほとんどがなくなるはずですので、それを機に 倒産や任意整理する事業者が一気に出てくるかもしれません。

そうした状態が復興の終着点というのでは、何とも寂しいものがあります・・・。


初めて聞いた地鳴り・・・

2016年4月15日 金曜日

昨夜、熊本での大地震の約 30分前、実は東京でも地震がありました。

かすかに揺れた? と思ったら、ババン!と変な音が鳴ったような?? と思ったら ドンと 1回縦に揺れて(→ 下の住人が騒いでるのかと思いました) 、ユラユラっと横に揺れたと思ったら すぐに収束。

その後、熊本での大地震でテレビは騒然となりましたが、、、解説を見ていると、どうも東京の地震とは関係がない様子。 ネットで何か情報が出ていないか検索すると、、、なんと、西荻窪(西荻窪駅から南に 400mの辺り) が震源の地震だったようです。

都会の住宅密集地直下という恐ろしい状況ではあったものの、深さ 50kmで M 3.6という小規模地震だったため事なきを得ましたが、震源近くでは 地鳴りや爆発音のようなものが聞こえたとのコメントが多数ありました。 地図を見ると、うちは震源から 7kmの辺りですので、あの音が地鳴りというものだったのかと理解 (初めて聞きました)。

熊本の大地震は、30年以内にM 6.8以上の大規模地震が発生する確率が最大 16%とのことで、数字だけでみると低い確率なのかな?? とも思えるのですが、、、やはり東北大震災以降、どこで何が起きても不思議ではないとの認識のもと 生活しなければいけないのだなと改めて思いました。


陸前高田市の今・・・ (2015.11.10)

2015年11月12日 木曜日

こちらは、1ヶ月振りの陸前高田市。 かさ上げのための巨大なベルトコンベアが、一部を残して撤去されていました!

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1ヶ月前までは結構な異空間が広がっていましたが、、、なくなるとなんだか寂しい感じもしています(苦笑)

季節は秋も終わり、そろそろ冬の始まり。 防風林もなく海風が直撃する厳しい季節に入りますので、できる限り工事を進めておきたいですね。


大船渡市の今・・・ (2015.11.9)

2015年11月12日 木曜日

今週は、昨日まで復興支援の仕事で、今期 3回目の岩手出張でした。 まずは、大船渡市内の様子 ・・・ 大船渡は、今年の 2月以来です。

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前回来た時と比べても、手付かずの空き地が少なくなっているような、、、あちらこちらで基礎工事が始まり、海が見渡せなくなってきていました。 何となく、視界が狭まったことで 息苦しさも感じています。 地元の人が言うように、海が見えなくなるのにはやはり抵抗感が、、、でも、復興の一過程としては仕方ないことですかね・・・。

ちなみに、2年前に泊まった海の脇にあるホテルは未だ健在 (上段・真ん中写真の右側の建物)。 あの頃は、道路はズレた段差がそのまま残っていたり夜は真っ暗闇(危険)、見渡す限り空き地と廃墟、、、今では、道路は舗装され、大きなスーパーや書店、ドラッグストアなども営業しています。 あと 1年もすれば、また随分と復興が進んでいるでしょうね。


陸前高田市の今・・・ (2015.10.9)

2015年10月09日 金曜日

3日間日参しました陸前高田市(岩手県)。 こちらは、津波(最大 18m=建物の4-5階の高さ) で町が壊滅的な被害を受けたため、中々復興が進まない地域の 1つとなっています。

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はっきりいえば、中心地は 広大な空き地の状態。 中心地にいた人は、山合いに建てた仮設施設や他の地域に移転して生活を続けています (→ 市役所も仮設のままです・写真下段中央)。 あれから 4年半も経つのに、中心地は未だ建物や道路の着工に取り掛かれないくらい復興が進んでいない地域となっています。

それでも、三陸道の橋脚も随分と建ってきたし、かさ上げのための巨大なベルトコンベアも必要ないくらいになってきたし、ようやく復興に向けての下準備が整いつつある状態になってきているようです。

あと 3年なのか 5年なのか、、、復興したといえるまでは相応の時間を要しますので、まだまだ継続的な支援が必要な地域だと感じました。


気仙沼市の今・・・ (2015.10.8)

2015年10月08日 木曜日

今週前半は岩手県沿岸部へ復興支援に行っていました。 タイムリーに投稿できませんでしたので、遡って投稿していきます。

宿泊は気仙沼市内(宮城県) でしたので、仕事前に早起きして中心地の様子を見に行ってきました。

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まだ空き地は見えるものの随分と少なくなっていて、街並みや道路も綺麗になっていたり、大きな建物が建築中だったり、以前訪れたときよりも 随分と復興してきている様子がうかがえました。

それでも、中心地を歩いて周っただけですので、実際のところはどうなのか分かりませんが、、、陸前高田の人が 「気仙沼や大船渡は早いから・・・」 と言っていたので、元の生活に戻りつつあるようにも感じています。


岩手県 宮古市のいま・・・ (追記)

2015年9月18日 金曜日

今朝、出張先からの帰路、車窓を眺めていて思い出したことが、、、今朝のブログに、宮古市は 「通常の生活ができるようになっている」 と書きましたが、実は、JR山田線の宮古駅~釜石駅 間は未だ復旧していません。

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4年半も経つと、線路は錆びてしまい、あちらこちらに雑草も・・・。

車社会の街ですし代替バスも出ているので影響は少ないようですが、、、それでも今まで利用されていた方にとっては、途中で乗り継ぎが必要になるなど 不便な状態が続いています。 早く復旧することを願っています。


岩手県 宮古市のいま・・・ (2015.9.15)

2015年9月18日 金曜日

今週前半は、復興支援の関係で 岩手県宮古市にいました。

宮古2015-5

昨日のチリ中部沖地震の影響で、今朝、宮古でも津波注意報が出ていましたが、今回は大丈夫とは思いつつ 少し気になっています。

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宮古市内は、基本的には通常の生活ができるようになっていますが、まだ防潮堤のかさ上げ工事は終わっていない状態です。 早く安心して暮らせるようになることを願っています。


東日本大震災から 4年・・・

2015年3月11日 水曜日

今日でちょうど丸 4年が経ちましたね。

「復興」 という文字は躍るものの、その程度は、神戸・淡路のときとは比べられないくらいの緩やかなペース。 資材高騰、人手・人材不足、資金難、地権問題などなど 復興計画が進まないこともありますが、震災遺構を残すのか残さないのかに結論が出せないなど、住民感情の面でも未だに大きな問題が山積しています。

あれから 4年となると復興機運も薄れ、北陸新幹線や東京オリンピックなどの新しい(明るい)話題に目が向きがちですが、、、

何かの折に 「東北沿岸部って今どうなっているのかな?」 くらいでも思い出していただけると、そして、思い出した時だけで良いので、三陸や福島の企業の商品を買ってみるなど、自分の出来る範囲で 少しだけ何か行動に移していただけると嬉しいです。